1. DESIGNER

CHANELの新章を、パリで迎える—マチュー・ブレイジー初コレクションを見て

旅のはじまりに、すでにCHANELがいた

行きの飛行機から、私のパリファッションウィークは始まっていました。

隣に座っていたフランス人の男性はスーツ姿で

ふと目に入ったサブバッグの布地には、さりげなくCHANELのロゴが織り込まれていて

ファッションウィーク期間中のフライトでしたので
「この方もきっと、モードに関わる人なのだろう」とそのときはそこまで気にも留めず。

パリに到着し機体を降りると目の前にツイードのジャケットとスカート、そしてCHANELのバッグを持つ女性が


先ほどの男性と合流し、さらにもうひとりの女性も加わりました。


彼女のニットも、靴も、バッグもすべてCHANEL。


「きっと明日のコレクションに関わる人たちなのだろう」と思ったとき


入国を前にして、すでにパリのモードの空気に包まれているのを感じました。


デザイナー交代と、異例の開催時間

これまでCHANELはコレクション最終日の日中にショーを行ってきました。

しかし今回は8日目、夜の開催。

そして何より、新デザイナー、マチュー・ブレイジーによる初コレクションという転換点。

事前情報はほとんどなく、誰もが「どんなCHANELになるのか」と息を潜めていました。


マチュー・ブレイジーはBottega Veneta時代に素材の扱いと構造の美しさを融合させたクラフトベースのデザインで高く評価されたデザイナー。

カール・ラガーフェルド、ヴィルジニー・ヴィアールに続く、新たなCHANELの語り手として注目を集めていました。


グラン・パレの外で感じた熱気

ショー当日。

グラン・パレの前は世界中から集まった人々であふれていました。

著名な招待客やブランドのアンバサダーが車で到着するたびに歓声が上がり、スマートフォンを構える人、ファッションスナップを狙うカメラマン、そしてその光景を静かに見つめる人。

会場の外に立つだけで、パリ全体がファッションで動いているように思えました。

会場となるグラン・パレに次々とゲストを乗せた車が到着 ©️philomode

私は、シャンゼリゼ通りを挟んで向かい側にあるプティ・パレの前から、その様子を眺めます。

グラン・パレの前に止まる黒い車、降りてくるゲストたち、歓声、フラッシュ。


通りを隔てて見ているだけなのに、熱気がこちらまで伝わってくるようでした。

プティ・パレ前からグラン・パレの様子を見る人たち ©️philomode

あの瞬間、パリの街そのものがモードの中心になっていて

私はその輪の外で、その熱気を味わっていました。


「遠くからだからこそ見えるものがある」

ショーの中心にいる人だけでなくそれを取り巻く人々のまなざしや、ブランドに向けられる期待の大きさが見えてきて

ファッションとは、作品そのものだけでなく、それを待つ人たちの想いによって完成するのでは、と感じずにはいられない雰囲気。

しばらくそのグラン・パレを感じたあと

夜のパリを歩き、エッフェル塔を抜けて小さなカフェへ。


テラス席に腰を下ろし、ワインとクロック・ムッシュを前に静かに胸が高鳴ります。


10月にしては穏やかな気候で、ジャケット一枚でも十分に心地よく、外の空気がちょうどいい。


隣のテーブルではフランス人らしいグループが身振りを交えながら熱心に議論していて
その声のトーンまでもが、パリの夜のリズムの一部のように感じられました。

©️philomode


ファーストルックで、息が止まる

その日、ホテルの部屋に戻ったのは21時半。


柔らかな照明の下でノートパソコンを開き、CHANELのショー配信を再生しました。


画面の向こうで、マチュー・ブレイジーによる新しいCHANELが始まろうとしています。

そして、ファーストルックが現れた瞬間 

息が止まりました。

image by CHANEL

構築的なジャケット、やや低めに腰を落としたパンツ、削ぎ落とされたラインと、わずかに残る女性らしさ。


華やかさよりも、控えめな強さと洗練を感じさせる佇まいでした。

それは、これまでのCHANELとも違っていて

新しいアプローチでありながら、どこかブランドの原点を思い出させるような、確かな一貫性があったのです。

カール・ラガーフェルドが築いた「演出としてのモード」でも

ヴィルジニー・ヴィアールが見せた「日常を生きる女性のためのモード」でもない。

服の形や素材が、着る人の動きと呼吸に合わせて再構築されているように見えました。

かつてココ・シャネルが提案した「身体の自由」という理念が、マチュー・ブレイジーの手によって再び現代的に読み替えられたように。

私は何度も一時停止しながら見入ってしまいました。


造形のリズム、質感の呼吸、歩くたびに生まれるシルエットの変化。


眠気と興奮が交互にやってきて、机に突っ伏してはまた起き上がり、ようやく最後のルックまで見届けました。

ショーの余韻は翌朝まで残っていて

このドキドキは単なる高揚ではなく、きっと

「変化の瞬間に立ち会った」という実感に近いもの。

 画面越しでも、確かに何かが動き出したと感じたのです。


朝のカンボン通りに見た、CHANELの新しいページ

翌朝。


前夜のショーを見終えた高揚感がまだ残っていて、私はどうしてもカンボン通りに行ってみたくなりました。

映像だけでは分からない、今のCHANELの空気を知りたかったのです。

朝のカンボン通りは静かでした。

 観光客も少なく、通りを歩くのは出勤する社員たち。

黒のデニムにベージュのコート、ロゴを控えたサングラス。
コーヒーを片手に信号を待つ姿は、派手さがないのに洗練されていました。

誰もが「自分の中のCHANEL」を自然に纏っている ©️philomode

カンボン通りのブティックに入ると、スタッフの方と前日のコレクションについて話すことができました。

“A new page has begun. This collection is about a good feeling, suits, and new inspiration.”


「新しいページが始まった」

彼が口にした “suits” という言葉は、きっと単なる服の形を意味しているわけではないのだと思います。


それは、ココ・シャネルが創り出したツイードスーツ、女性に「動く自由」を与えた服の象徴で
マチュー・ブレイジーは、そのスーツを出発点に、CHANELの原点を現代的な感性で再構築しているのではないか。

店内を見渡すと、前日のコレクションに招待されていたのではと思うような顧客たちが次々に訪れていました。


その表情には、期待と興奮が入り混じっていて、スタッフの動きや店内の空気にも、前夜の余韻がまだ残っているように感じました。

©️philomode


新しいCHANELをどう見るか

一部では「これまでのCHANELとは違う」「あまりにもシンプルすぎる」といった声も見かけました。

けれど、それは画面越しの印象にすぎないと感じます。


CHANELの真髄は、いつだって「職人の手」に宿っています。

PhiloModeでも、これまでアトリエや職人たちの手仕事についてたびたび触れてきました。

©️philomode

刺繍の《ルサージュ》、羽根や花飾りの《ルマリエ》、帽子の《メゾン・ミッシェル》、靴の《マサロ》、ボタンの《デリュ》。
それぞれのメゾンがCHANELの理念のもとに呼吸を合わせ、ひとつの美を形づくる。彼らはボタンひとつ、リボンひとつから美を紡ぎ出すのです。


そうした「手の記憶」こそが、CHANELの変わらないコアな部分。


今回のコレクションにも、一見プレーンなジャケットに見えたものが、実は総ビーズ刺繍という狂おしいほどの手仕事だったLOOKもありました。

image by CHANEL


静けさの中に潜む職人技。
それこそが、CHANELの変わらぬ強さだと思います。


あの一着に再び出会うまで

このコレクションは2026年春夏
(26SS)。


ブティックに並ぶその日が待ち遠しくてなりません。
(2026年3月 ブティック 展開予定)


私はきっと、あの夜のドキドキを思い出しながら、店頭でその一着を手に取ると思います。


ファッションウィークの街、パリ

この時期のパリは特別です。


世界中からファッションを愛する人々が集まり、街のカフェにも地下鉄にも、ファッションの匂いが漂っていました。


パリ在住の友人に「街はやっぱりファッションウィークの空気になる?」と尋ねると、
「Oui, bien sûr(もちろん)」と笑って答えてくれます。

観光やおしゃれ目的の人々、週末を狙って訪れる欧州各国のファッションラバーたち。
誰もが思い思いの装いで街を歩き、パリ全体がひとつのランウェイのように見えました。

©️philomode


そして——

パリで迎えたCHANELの転換期。


私は今回のコレクションを、現地で、画面越しに見届けました。


それでも、同じ空気の中にいたという実感ははっきりとあります。


その夜のパリ全体が、少し緊張しながら「新しい時代の始まり」を見守っていたように感じました。

マチュー・ブレイジーが示したのは、デザインの刷新というよりも、ブランドとしての構造そのものの再定義だったと思います。


装飾を抑えたフォルムやジェンダーにとらわれないシルエットに加え、

彼が選んだ舞台、惑星を配した宇宙空間のようなランウェイにも、深い意味を感じずには得ませんでした。

CHANEL公式の解説では、それは「ココ・シャネル、カール・ラガーフェルド、ヴィルジニー・ヴィアール。ずっと昔から僕たちは繋がっている」というメッセージを象徴していたとされています。


公式では触れられていませんでしたが、私はこの演出に2002年の「オートクチュールの星座」のコレクションを思い出しました。


あのとき、カールはCHANELという銀河の中で、職人たちの手仕事を「星」として見立てていましたが、
マチューが選んだ宇宙空間の演出は、あの星座の記憶を現代の言葉で再び描いたもののようにも見えたのです。

具体的には、CHANELに関わるそれぞれのアトリエも含めて、ひとつの物語、ひとつの宇宙を形づくっているというメッセージとして、私は受け取りました。

刺繍、帽子、靴、羽根、ジュエリー……どのメゾンも、単独ではなく、ひとつの銀河の中で輝く「星」として存在している。

その壮大な繋がりを、マチューは静かに、しかし確信を持って示したように思います。

CHANELは変わります。


しかし、その根底にある「美しいものをつくる理由」は変わらない。


パリでそれを感じ取れたことが、今回の旅のいちばんの収穫でした。

「オートクチュールの星座」のコレクションについて書いた記事はこちらから読めます

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