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「私はカールとガブリエルの子ども」― ヴィルジニー・ヴィアールとCHANELメティエダールの継承、19M Tokyoへとつながる物語

la Galerie du 19M Tokyoを訪れるなら―その舞台をより深く味わうための背景を知っておきたいもの。


2002年にカール・ラガーフェルドが始めたメティエダール、そして今それを受け継ぐヴィルジニー・ヴィアール。


あなたもこの継承の物語を辿りながら、展覧会を迎えてみませんか。

引き継がれた階段


2019年12月、グラン・パレに現れたのは「カンボン通り31番地」というもうひとつの世界でした。
ヴィルジニー・ヴィアールにとって、これが自身初めてのメティエダール・コレクションです。そしてそれは同時に、2002年にカール・ラガーフェルドが始めたメティエダール・コレクションを反映させたものでした。

Sofia Coppola (ソフィア・コッポラ) が手がけたコラージュビデオ
2019/20 Metiers d’art Collection Paris 31 rue Cambon @CHANEL


「まず階段を思い浮かべるの」とヴィアールは語ります。
「そこを降りてくる女の子を想像するの。どんなドレス? どんな靴?」


彼女は、このコレクションを「シャネルのABCに立ち戻ること」だと表現しました。

■ 解説:シャネルのABCとは?

「ABC」とはアルファベットの最初の3文字のように「基礎・基本」を意味します。
シャネルにとってのABCとは、ブランドを形づくる根幹のコードです。

例えば
ツイード:日常をエレガンスに変える布地
カメリア:アイコニックな花のモチーフ
リトル・ブラック・ドレス:女性解放の象徴
パールとチェーン:カジュアルとラグジュアリーの橋渡し
数字の象徴性(5番・19など):ブランドの神話を構築する要素

■ 私自身の視点

私はスタートアップを経験して、カリスマ的なトップが去ったあとの会社をいくつか見てきました。多くの場合、その後を継ぐのはNo.2や右腕の存在です。カリスマ的な人物は新しい世界を切り拓きますが、後を継ぐ人には別の役割があります。
ヴィルジニー・ヴィアールの選択は、その役割をとても誠実に体現していると感じました。彼女は「原点に戻る」という方法を選び、それは単なる後退ではなく、未来へ進むために基礎を確かめ直す姿勢です。
新しい表現を模索しながらも、根っこを見失わない―その態度に、私は静かで力強いクリエイションのあり方を見ます。


宝石のように輝くルマリエのカメリア、マドモアゼルのアパルトマンにあった鳥かごをかたどったミノディエール(小型のイブニングバッグで、実用性よりも装飾性を重視した“宝石箱のようなバッグ”)、そしてタイダイの裏地を仕込んだツイード。どのピースにも、シャネルの記憶とコードが息づいています。

鳥かごをかたどったミノディエールを持つモデル Image by: CHANEL


「私は完全にシャネルのコードを吸収してきました。カールがそれをどれほどひねってきたかを見てきたし、私はここで育ったのです。私はカールとガブリエルの子どもなのです」―ヴィアールの言葉には、彼女の立ち位置が鮮やかに刻まれています。


2002年「オートクチュールの星座」


その17年前、2002年カール・ラガーフェルドは最初のメティエダールを打ち出しました。
場所はカンボン通りのサロン。タイトルは「サテライト・ラブ」。
モデルはルー・リードを聴きながらタバコを吸い、通常のファッションショーが「テーマ(=コンセプト、季節感、ストーリー)」を軸にしているのに対し、そこにあったのはテーマで縛られたものではなく、もっと「空気感」や「雰囲気」つまり「態度・スタイル」そのものを見せていました。


このショーでラガーフェルドは、シャネルが新たに傘下に収めた5つのアトリエを「サテライト=衛星」と呼びました。
それは、ひとつのブランド(シャネル)を中心に回りながらも、それぞれが独自の技術と光を放つ存在である、という意味合いです。

カール ラガーフェルドによる2003年 メティエダール コレクションのためのスケッチ
© CHANEL


デリュのジュエリー、ルマリエの羽根とカメリア、ルサージュの刺繍、マサロの靴、ミシェルの帽子―これらをラガーフェルドは星のように位置づけ、その集合を「星座(constellation)」と表現しました。
つまり、職人たちのアトリエは単なる下請け工房ではなく、シャネルという大きな宇宙を構成する不可欠な星々だったのです。

■ 解説:衛星と星座の違い

ラガーフェルドが用いた「サテライト=衛星」という言葉は、シャネルという本体を中心に回る“機能的な位置づけ”を示していました。
しかし、それを「星座」と呼び変えることで、個々のアトリエは単なる周辺的な存在ではなく、互いに結びついてひとつの物語や宇宙を形づくる星々として表現されたのです。
彼は現実的な関係性を示す「衛星」という言葉を、詩的で象徴的な「星座」へと昇華させたのでした。

■ 私自身の視点

この「サテライト・ラブ」の話を知ったとき、最近よく題材に上がる「職人の手」というテーマがここでも登場しているのだと思いました。シャネルにとって、アトリエは切っても切れない存在。そのことが「サテライト」という名付けによって腑に落ちました。さらに、カール自身が彼らへのコミットメントを誓い、それをコレクションという形で表現したことが伝わってきます。だからこそ、このシリーズがその後も続いていくことに強い必然性を感じ、次の発表が楽しみになったのです。


当時すでにカールの右腕としてアトリエを率いていたヴィアールは、この“星座”の誕生を舞台裏から支えていました。そして17年後、彼女は自身の初メティエダールでその記憶をオマージュとして響かせたのです。


東京で出会う「19M」の宇宙


2002年から2019/20年、そして2025年へ。
シャネルのメティエダールは、ひとつの星座のように時を越えてつながっていきます。
この系譜を実際に目にすることができる展覧会が、この秋、東京にやってきます。


2025年9月30日から10月20日まで、六本木ヒルズ森タワー52階で開催される 「la Galerie du 19M Tokyo」。
https://www.chanel.com/jp/fashion/event/opening-gallery-19m-tokyo-2025/


「19M」とは、シャネルが2021年にパリ北東部に設立したメティエダールの拠点施設の名称です。ここには刺繍や羽根飾り、靴や帽子などを手がけるアトリエが集結し、クラフツマンシップを未来に継承する役割を担っています。その内部には展覧会スペース「la Galerie du 19M」があり、今回それが東京に巡回するのです。

https://www.le19m.com/en/galerie

単なる“職人技の展示”ではなく、ヴィアールが受け継ぎ、反映し、そして新しく描き出している「星座」を、私たちが自分の目で確かめられる場になるでしょう。

展覧会の詳細はまだ多く語られていません。公式ホームページやPR情報にとどまりますが、建築家・田根剛さんや映画監督・安藤桃子さんといった日本のクリエイターが関わるグループ展が予定されているそうです。
日本ならではの視点がどのように「19M」と交わり、新しい星座を描くのか。そこに大きな期待を寄せています。


結び ― 星座の下で


「私はカールとガブリエルの子ども」。
ヴィルジニー・ヴィアールの言葉は、過去と未来をつなぐシャネルの物語そのものです。


カールが始めたメティエダール。その星座の一部として育った彼女が、自身の初めてのコレクションでオマージュを捧げ、そして今もなお新しい光を灯し続けています。


2025年秋、六本木の夜空に広がる『星座』を、私自身も目にすることになります。その瞬間を静かに心に刻みたいと思います。

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